- ステークホルダー:開催者、登壇者、聴講者、スポンサー
- 開催者として
- コロナ禍という状況において、いかにコミュニティを維持するか、またはオンラインという特性を活かしてこれまでできなかったことを実現したいという気持ちがある。
- 登壇者として
- 2020年は1回だけしか登壇しなかったが、登壇すること自体に抵抗はない。アウトプットの場としてはオンラインでもオフラインでもあまり気にしていない気がする。Twitterなどで反応がもらえていればいい?
- 聴講者として
- 2020年、結果として参加するモチベーションはあまり高くなかったと思う。
- スポンサーとして
ミートアップやカンファレンスに何を求めるかによって、オンラインイベントの受け止め方は変わってくるのだろう。
人と人が出会うこと。その場に居合わせること。ライブであること。face-to-faceで話すこと。これらをさしあたり「臨場性」と呼ぼう。
① 臨場性は「暴力」である。 - 「暴力」 = 「他者に対する力の行使」 - 力には物理的なものから形而上的なものまで含まれる - その方が「話が早い」 = 「臨場性の暴力」の行使 - その場にいくことでセッションを聴くという暴力 - 登壇予定が決まることで資料を作成したり準備せざるを得なくなるという暴力 ② 臨場性は「欲望」である。 ③ 臨場性は「関係」である。 関係性とコミュニケーション(情報の伝達)はまったくの別物 - 登壇することはコミュニケーション(情報の伝達)か?そうすると関係性とは何か?
その日、その時間にいるから意味があると思えるライブ感を出す 参加している人に声をかけたり、その場で受け答えをする それぞれの理解や解釈を話せる機会を設ける 実践的なシーンを盛り込みながら振り返り体験ができる 参加者の反応や状況に合わせて話の流れを変えられる隙間を作る
- これはいかにして臨場性を出すか、という解釈をしている
- Miroでプレゼンテーションする、というアイデアはおもしろい。自分で聴講者とのコミュニケーションを作り上げる訳だ。イベントプラットフォームでいかにして実現するか、という発想しかなかった。
- その一方、アウトプットとして何が残るのか?という点がわかっていない。スライドの場合はSpeakerDeckなどにアップロードすることで記録として残すことができる。人によっては結構重要だろう。
- スライドを画像にして貼り付ければいい?
